夏休みのお知らせ

今年もまた夏休みが近づいてきた。

ボランくんとも、公立小の子供たちともお別れ。

ボランくん、約7ヶ月間、いろいろ大変だったけど、楽しかったね。
あんなに毎日歌をいっしょに歌ったのは、これまでの人生でなかったなあ。
近所の人が、いつもボランくんに「神様のお恵みがありますように」と祈ってくれるから、
何回か一緒に路上でスピードくじを買ってみたけど、100円しか当たらなかったね。

手袋がきらいなボランくん、アンカラママとつないでいる手を、一緒にコートのポケットに突っ込んで、握り締めていた。

最後の月、療育の先生たちが、ボランくんの反応が良くなってきた、今までで一番の授業ができた、って口を揃えて言ってた。
ボランくん、2語文まで、あと一歩だよ。
神様のお恵みがありますように、ボランくん。

路上で物乞いをしているロマの少年。
以前、イズミット大地震が起こったとき、日本の大学生たちが、絵葉書を販売して義援金を送ったときの、残りの絵葉書が、500枚ほど手元にあったのをあげた。
本当は、子供が路上で物を売ってはいけないのだけど、大人は彼らを守ってはくれない。
少しでも生活費の足しになるように。

黒目が美しいイラク人少女サリーちゃん。
別れ際に、「あなたのこととても好きよ」と言うと、
「私も、私も大好き!」彼女のトルコ語も上達してきた。
最後の週まで、相変わらずアンカラママの方ばかりみてくるのだった。

公立小では、どんぐりをしたあと、自分たちで作品を壁に貼ってもらっていた。
はがして、ファイリングするのも子供たち。
子供でも、信頼してまかせたら、ちゃんとやってくれる。

来期は、どんな出会いが待っているのかなあ。

ブログは9月末までお休みします。いつもご訪問、励ましありがとうございます。
それではみなさま、良い夏をお過ごしください。


スポンサーサイト

天気の話

「うん、雨がきそうだな。よし、何時に降り出すか確認しよう」

子供の前で、得意げにスマホで局地予報を見る父親。

空をみて、雲を見る、湿気を感じる、風を感じる、

人間に本来備わっていた感性は、根こそぎパーである。

高校時代、数百枚の天気図を描き、胸をときめかせながら、地元の気象台を訪ね、天気関係の本を買いあさった母親は、忸怩たる思い。

当時の気象台は、大きな模造紙に、手書きで、エンピツで等圧線を記入していた。おお、さすが、と感涙した。

海洋に台風が発生しているので、スタッフを集め、ミーティングをしていた。旧神戸海洋気象台である。

ところで、数年前に、子供と一緒に日本の気象台イベントに行ってみたら、

2人の女性がパソコンのモニターの前に座っており、少し後ろに、上司らしいおっさんが、腕組みして、腰をずらしてヒマそうに座っていた。

子供たちが見学にきたときくらい、忙しい振りでもすりゃいいのに。。。と思った。

日本では、普通の民放でも、天気図を解説し、予報するが、それは視聴者がそれなりに理解できるからだ。

こちらでは、各地の予報が一覧で写るだけ。何の解説もない。
天気も日本ほどくるくる変わらないし、台風もない。農業をしている人でなければ関心も薄い。

地球上のどこの天気図もパソコンで調べられるのだが、アンカラママには、今はそこまでの情熱もない。

ただ、「ああ、いま寒冷前線が通過してるな」などとひとりごちるだけ。

ところで、ボランくんの学校の社会見学で、アンカラの気象台に行く機会があった。

といっても、現在の気象台は、見学を断られたため、昔の観測道具を陳列してある小さな博物館である。

マニアでなければ何の興味も引きそうにない、古びた道具の数々。

ボランくんがすぐに騒ぎ出し、私たちは博物館を出て、お庭で時間を過ごしていたのだが、

30年前の情熱を思い出し、暫し感傷にひたったアンカラママだった。

ボランくん、自分の名前が言えるように

11歳、重度自閉症のボランくん。お世話をはじめてもうすぐ半年。

今まで、相手が理解できる言葉は、10個程度しかなかった。

療育で、先生が何を言い聞かせても、口から出てくるのは「ナーナ」だった。

いつも口呼吸しているので、バスに乗っているときなど、機会を見つけては、口をつまんで鼻呼吸をさせた。

息を口から吸うときに、発声して、呂律がまわらないから。

ハミガキのあと、うがいをさせて、水を吹き出す練習を毎日。

道端にさいている、たんぽぽの綿毛を見かけては、吹き飛ばさせた。

アンカラママの顔に、思い切りつばが飛んでくることもある。

舌を出す練習。頬を膨らませる練習。

破裂音は、まだ無理なのだが、Bの発音が出来るようになってきた。

1ヶ月前から、療育の先生が、ボランくんの発語に上達が見られる、と言っていた。

今日、名前を、父兄に聞かれたときに、はじめて、「ボラン」と発語した。

視考力に目覚めた子供が黙って抗議

クラスで算数が得意だった男の子は、4年生でどんぐりを始めた子によくある例で、絵を描かずに式で解こうとし、間違えるとふて腐れていた。

クラスの子が全員絵を描いていて正解しているのに、この子だけが間違えている、ということがあった。

しかし、根が素直なので、徐々にアンカラママの授業に耳を傾けるようになった。

普段の授業中も、ボランくんが放り落としたノートを拾ってくれたり、こちらに気をつかってくれるようになった。

5ヶ月を過ぎるころには、先生の解き方より、ずっと簡単な解き方が見えるようになってきた。

先週、分数の文章題の宿題で、式を書いていない、と先生から叱責を受け、この子は立ったまま固まってしまった。

先生は、式をきちんと全部書きなさい、それまで立ってなさいと言う。

頭で絵図を描いて、答えが見えているから、回りくどい式など書く気になれない。無駄にしか思えない。

あくまで教科書のやり方を押し付けてくる理不尽さ。

今まで「絶対」だった先生を、この子は超えてしまった。

先生は授業の終わりに、仕方なくこの子を座らせたが、その日は最後まで押し黙ったままだった。


おいらだって、できるもん!

小2クラスにも、ロマ(ジプシー)の男の子がいる。

学校に来れたり来れなかったりで、小2に在籍しているが、支援クラスの授業を受けながら、ようやく小1レベルの読み書きができるようになったところだ。

トルコ語が不自由なのだが、最近アンカラママともぼつぼつトルコ語で会話ができるようになった。

「ねえ、これ見て」どんぐり帳を持ってきたので見てみると、隅っこに「アンカラママせんせい」と書いてある。(このクラス全員分のどんぐり帳はボランくんのお母さんが寄贈してくれた)

読んでやると、うれしそうに、「おいら、アルファベットがかけるようになったんだ」

以前、アンカラママのどんぐりの授業と、支援クラスの授業が重なっていたのだが、ここ1ヶ月、この子もどんぐりに参加している。

クラスの人数分用意した、コピーの教材が一枚足りないと、担任の先生が「ああ、この子はまだできないから要らないですよ」

ロマの子「おいらだってできるもん!おいらもやる!」

アンカラママはコピー原稿をロマの子にやる。ロマの子はいっしょうけんめい見ている。

賢い子だから、三角計算の理屈も、すぐに理解してしまった。

やっているどんぐりは1MXだが、問題は1行ずつアンカラママが読んでいるから、読み書きができるようになったばかりの子でも、全く問題はない。

だぶだぶの古着を着せられた小さな男の子は、幾日も風呂に入っていないのだろう、髪に脂がつき、顔も汚れたまま。

目だけは、水晶のように光り輝いている。生命の尊い輝き。

最後まで解いた「カード製造機問題」のページを、自分で壁に貼る。

どうかこの先、たくましく生き抜いていってほしい。

図を見ない、使わないパターン学習

ボードに映っている算数問題を解いている公立小4クラス。担任の先生の授業では、先週から分数に入っている。

「コップの容量の3/4に90gの水が入っています。あと何g入れれば、コップはいっぱいになるでしょうか。」

3/4に色がついたコップの図もボードに映っている。

先生の子供たちへの解かせ方(教科書のパターン)

90÷3=30
30×4=120
120-90=30 答え30g

普段はまず口を挟まないアンカラママだが、「先生、(子供に)3で割らせてください。それで答えが出ます」

クラスの大半の子供がこちらを見て、うなずいている。「僕もそうやった」とつぶやく男子。

改めて図を見た先生、理解。子供たちに説明する。

先生、この問題を見て、反射的に、3/4・X=90 が浮かんじゃうんだろうな・・ 

公立小4 4ヶ月

小4クラスで週1どんぐりやって4ヶ月。

今週、担任の先生の算数授業は、図形をやっている。

「周囲の長さ」

凹凸のある多角形。長方形の四隅が直角に凹んでいるように見える。長方形として計算しても、結果は同じになる。

教科書のやり方は、凹んだ辺をひとつひとつ計算して出して、足していく。

アンカラママは、宿題の問題集を見て回ると、ほとんどの子供たちが、便利なやりかたで計算していた。

ふーん、この子達、図を見る力がついてきたね。

ところが、子供たちが、ボードでオリジナルの解き方をしようとしても、先生が教科書どおりの解き方に直させている。

子供たちの不満そうな顔。

きみたち、そろそろ気づいているんでしょ?

「自分には見えるのに、先生には見えない」なにかがある、ということ。


ボランくん、「色」がわかるように

今まで何年療育で色のワークをやっても色の観念が理解できなかったボランくんが、今週色を理解した。(11歳)

一度、タクシーに乗ったことから、今まで意識しなかったタクシーが意識できるようになり、道でタクシーを見かけるたびに、指差すようになった。トルコのタクシーは皆黄色である。

本で、タクシーを指差すと、アンカラママがタクシーに乗った日のことを説明してくれる。

タクシーの説明が聞きたいボランくんは、いろいろの車のなかで、黄色のものを探すようになった。

アンカラママは、それがタクシーの絵でなくても、黄色ならタクシーと認めて、説明してあげた。

今日、赤、青、黄、黒のおもちゃの車をならべて、「黄色い車、ちょうだい」とやってみたら、全ての色の車を渡してくれた。

5色を与えて意識させるのでなく、1色にしぼる。そればかり1ヶ月意識させる。

1色がわかると、他の色も意識ができるようになった。

タクシーの説明は、50回以上してあげたと思う。

「差」の体験

公立小2どんぐり。冬休みを抜いて、どんぐり歴2ヶ月。

アンカラママがボードに書く。「女子と男子は合わせて9人います。女子のほうが多くて、差は3人です」

教室の端から、子供たちを9人呼んで、女子と男子の2列に並んでもらう。

次に、「同じ」部分を見つけるために、女子と男子で手をつないでもらい、残った子供が「差」になることを確認する。

「差」になっている子には、手を上げてもらう。

女子が5人、男子が4人いるので、「差」になっている女子は1人しかいない。

これでは、文章どおりになっていない。さて、どうすればいいか。

子供たちから、いろんな意見を聞いた後、ここはアンカラママが男子を1人席に送り、女子を1人呼ぶことで、文章どおりの形態を作る。全員を席に帰したあと、アンカラママがボードに絵図を描いてもう一度確認する。

今回の目的は、「差」の理解なので、試行錯誤は、今後のどんぐりで各自やってもらうことにする。

学校どんぐりは、人海戦術が使えるので、いろいろ楽しい。

最初のどんぐりで、絵が描けなくて泣き出した子も、目を輝かせて授業に参加している。

見えることは幸せ?

重度自閉症のボランくんは、「おりこうさん」でおとなしく座ってるこどもだった。

すぐに、意識が落ち込み、ボーっとしている時間が長いのだった。

周りは、そのときボランくんは賢く授業を聞いているのだと誤解していた。

他人があいさつしても、返事はおろか、何の反応もなかった。

アンカラママが来てから、ボランくんは周りが見え始めたように思う。

最初は、本の写真・絵の指差しは、わずかに6種類しかなかった。(乗り物と公園の遊具)

それが、今ではほぼ全ての写真を指差して、聞いてくるようになった。

いろんな人物に興味を持ったり、お店など、最近見たものと関連あるものを思い出し、そのときの状況を代わりに言ってやると、満足する。

公園で、知らない人がいても、相手をしてもらいたくて、コンタクトをとろうとする。話しかけてくれたおじさんのひざに、甘えて頭を置いてみたり。小さな女の子が、手をつないでくれたのがよほどうれしかったのだろう、翌日、同じ公園でその子の姿が見えないと、何度も何度も探し、悲しそうに「ナー」と嘆いた。

いろんな大人が、「ボラン、変わったねえ!」と驚いた。

しかし、それは、ボランくんが午前中を過ごしている学校と言う場所、教室という場所が見えてしまうことだった。

昨日、クラスでも小柄でおとなしい子供が、宿題を全部やってこなかったのを先生に叱り飛ばされたのに耐えかねて、とうとう自分の算数のノートを真っ二つに引き裂き、床に投げた。その子はそのまま家に逃げ帰ろうとした。

そのとき、アンカラママはボランくんをトイレに連れて行っていたが、教室に入ろうとしたら、修羅場の声が聞こえてきて、たちまち回れ右をして、ボランくんを校内散歩に連れ出したのだった。

中で何が起こっていたのかというと、先生の言葉を借りると、「戦争」が起こっていたとのことだった。

ボランくん、あなたが勇気を持って出てこようとしている世界は、こんなにもつらく、うるさく、居心地が悪い。



ボランくんは、今日は学校に着いて先生の授業が始まったとたん、「帰りたい」とジェスチャーで伝えてきた。

ジャンパーをかけてある場所を指差して、訴えてくる。

ボランくん、私はあなたのお母さんじゃないんだ・・・午前中は帰られないんだ・・・

「あんたは私をバカにしてるの?宿題をしてこなくて済むと思ってんの?前で立ってなさい!!」先生の叫び声が聞こえてくる。

悲しそうに罰を受けるこども。

何度も何度もジェスチャーするボランくん。だんだん怒りが高まってきた。

あと10分でチャイムが鳴るけど、持ちそうにないな・・と思ったとたん、ボランくんがアンカラママの腕に激しく噛み付いた。

***********************

何も見えず、何もわからず、自分の世界にいるほうが、この子にとっては幸せなんだろうか。

つい2ヶ月前に、「抗うつ剤」が処方されたのに、今度は学校に「適応」するために、鎮静剤を飲まされる日が来るんだろうか。

アンカラママは、担任の先生に、どんぐりのこと、宿題のことは、最後の日(5月末)に伝えるつもり。

今は、ボランくんを「善意でクラスに受け入れてもらっている」立場上、何も言えない。

FC2カウンター
プロフィール

アンカラママ

Author:アンカラママ
トルコ エスキシェヒル在住

最新記事
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR