2016年度 学年末

昨年よりエスキシェヒルに転居したので、特にことわりがなければ、2016年9月以降は全てエスキシェヒルの話になっています。

現在、アンカラでどんぐりを実践している小学校はありません。家庭でどんぐりを実践している方はおられます。

2年生の担任の先生「N(女子)は本当に変わったわよ。あの子、文章題が全然できなくて、教えてもらうまで手が動かない子だったのに。今は、ノートの端に、絵を描いて解こうとするの。」

学年末。どんぐり歴8ヶ月。

こどばとイメージがつながっていなかった子供たちで、「もう、今年は無理かな」と思っていた子たちが、最後のポップコーンが弾けるように、開花していく。開花した、というのは、ようやくスタートラインに来た、ということ。

どこのクラスも、残ったのは大体1割になった。(子供たちがシールドを貼ってるクラスは残念ながらもっと多い)

そして、知的系統教育をやっている幼稚部は、字を教えることは観念したが、勘違い算数教育を続け、(数字の序列の穴埋めワークなど)進化が遅れていたが、ようやく全体的に、進化が感じられるようになってきた。それでも、自由に動くことを制限されている時間があまりに多い幼児たちは「考えない・感じない」日常になっており、思わしくない。

勘違い新記録は、先取りを推し進めている1年*組。割り算の筆算を教えている。

ワークプリントを見た中学部の数学の先生が、「ある数の四半分が12である数は何か。え、これ1年生にやらせてるの?この問題、6年でもやってるわよ」解き方丸暗記をさせている。休み時間に、子供たちに÷2の箇所を指して、「これ、どういう意味」と尋ねてみると、子供たちは困った顔をして「引く2、かな・・」と顔を見合わせている。これで、先生歴30年のベテラン。

5年選択どんぐり。5MXが1人。4MXが1人。あとは3MX。

日本語クラブの生徒たちとは、最後の授業は、日本のカラー筆ペンで、習字。愛とか、望とか、忍とか、かっこいい漢字を、アンカラママが縁取りしたりモチーフを描いたカラー用紙に、思い思いに清書していた。

トルコは断食月。

アナドル大学の小学校教諭を目指す学生さんたち、第一陣の10時間ワークショップ完了!

まず、25人のどんぐり先生誕生!

日没まで水も飲まない学生さんたち。一生懸命話を聞いてくれた。

みんなで一緒にやったどんぐりタイムの楽しかったこと・・・

夏休みに200問問題を解いて、アンカラママに送ることになっている。

これしないと、子供たちに自信持って問題出せないもんね。

うれしい~~~今年度はこれで、28人もどんぐり先生がトルコに誕生したよ!

現在働いている学校は、来年度も継続する予定。

さて、夏休みにつき、ブログは9月までお休みします。

いつもご訪問くださるみなさん、良い夏をお過ごしください。

アンカラママ
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板書のお手本 幼稚部-1年生用

「遠い遠い日本に、猫島と呼ばれる島があります。ここにはネコしか住んでいません。」
ヤシの木がある大きな島に、ネコ24匹を描く。

こどもら「うわーネコばっかり」「あのネコ みみつぶれとるよ」「もちっと かわいくかいてよ」「ミャー」「ミャーオー」

「ネコたちは、海の魚を取って暮らしてました。ところが、ある日、大きな地震がありました。もうすぐ島は沈んでしまいます」
ヤシの木が倒れる絵を描く。
こどもら「たいへんだ」「ミャー」「どうする」「ネコのみみをなおしてやってくれ」

「すぐに、救援隊のボートが到着しました。3艘のボートに、同じ数だけ乗らなければなりません」
こどもら「早くのれ」「4ひきずつ」「ミャー」←BGMノリすぎ

4匹ずつ○で囲んで、各ボートに矢印でつなぐ。
「ありゃ・・まだこんなに残っています」
こどもら「2ひきずつ」「ミャー」「4ひきずつだ!それでぜんぶのれる」「8が3つで24だ」
2匹ずつ○で囲んで、各ボートにつなぎ、残りのネコも同様にする。

「やっと、ぜんぶボートに乗れました。そのとき、大きな波が来て、島は沈んでしまいました。」
こどもら「まにあってよかった!」「ミャーミャー」

じいさん先生、どんぐり問題を作る

昨日、1年生の教室でどんぐりをしていたら、B先生の机の上に妙なA4紙があった。

紙の上部に、問題を印刷した紙が貼ってあり、下に絵が描いてある。

問題「木にりんごの実が15個なっています。Aは1個取りました。Bは2個取りました。Cは4個取りました。DとEは、残りのりんごを同じ数だけ取りました。DとEは、何個ずつ取りましたか」

B先生、何をやっていらっしゃるんでしょうか・・・

これ、先週アンカラママがやった、どんぐりの「年長さん問題 みのむし小学校」ですね・・

うーん、目的がわからない・・

次の1年クラス。担任のD先生が算数の授業をやっているのが、廊下にも聞こえてくる。今度は大判算数ノート上部に問題を貼って、絵で解かせようとしているらしい。しかし、先生が絵を美しく描かせようとして、最初の1行目で時間かかりすぎ。

トルコでも、1年生に問題を解かせるため、絵を描かせることはあるが、通常はノートの3-4行を使って、ごく簡単な絵図になる。
1ページというのは初めてみる。

子供の絵に、ひたすらダメだしをするD先生。
どんぐりの問題を、間違った使用方法で使われているアンカラママは複雑。

子供に問題を書かせないで、紙を用意しただけマシか・・・
絵をとりあえず描かせようとしているだけマシか・・
それにしても、一言の相談もない。どんぐりの問題はいいが、アンカラママの「指導しない」やり方が不満なので、自分たちは指導してみよう、という試みなのだろうか。

翌日。

またもや、どんぐりパクリ問題を発見。今度は池で釣りをする設定になっている。
70歳近いじいさん先生に聞いてみる。「A先生、これはいったいどういう・・」

先生は頭を掻きながら「いやあ、これさ、PYPにぴったりだと思って」
PYPというのは、日本の文科省も日本の教育現場に導入しようとガンバッテいる、今話題の、国際バカロレア教育の小学校版。うちの学校では、来年度9月から導入をすることになっている。(なんかいろいろハードルがあって、クリアすれば、らしい)

「PYPでは、理解する-実行する-振り返る のサイクルになっているんだよ。文を読んで、絵を描いて実行し、そこから解決法を探る。うん、まさにこれだ。それで、壁に貼ってあるどんぐり問題を参考にして、自分でいくつか問題作ってみて、1年の先生全員に配ったんだ。」

どんぐり本来の目的とは違うが・・・・先生のは「できる」が目的になっているので。

授業でするのは、ヒントと誘導が多すぎて、どうしても効果が薄くなるが、宿題として出してくれるのはいいかもしれない。
じいさん先生は、宿題にしたという。
「まあ、親が教えとるかもしれんがな。最近は親子の会話も減っとるから、いっしょにお絵描きして問題やるのもいいかもしれんな」

じいさん先生、先日、手術をしたばかりの目をこすって、別の宿題プリントを見せる。教育サイトで、どこかの先生が作った算数ワークプリントを宿題にしたのを、チェックしている。

「どれも全問正解なのは、おかしいんじゃよ。ふつうは2-3問、間違えても良さそうなものなのに」
「先生、そりゃ、親が手伝ってるのに決まってるでしょ。問題が多すぎるんですよ。私も自分の子供の宿題、いつも手伝ってましたがね。5問をすぎると、いらいらしてきましてね。やり方も乱暴になるし、数字あわせするだけですから、逆効果ですよ。一日2問もあれば十分ですよ」
「ここから、2問切り取って、ノートに貼ってやらせよう」
「先生、それがいいですよ!大体、親がやったものを、先生が必死こいて採点するなんて、誰のためにもならないようなことは、サッサとやめたほうがいいです。少ない量を、丁寧に、自力でやらせるのが一番です。」

採点にウンザリしていたじいさん先生、ウンウンと頷く。

習ってないからできない!・・アレ?

どんぐり1年目の、2年生が取り組んだ、1MXバッタのサイダー問題。

(2014年の記事より)***************
105円のサイダーを買うのに、81円しかない。差額を3人のお母さんから均等にもらう問題。

2年生は答えが二桁までの足し算と引き算しか習っていない。

今回は、105-81 の計算を、自分で工夫してださなければならない。
******************************
一人の男の子が大声で言った。「この計算、100入ってるからできないよ!ならってないもん」
アンカラママが「そうかな?自分でやりかたを考えてみたら、できるかもよ」
男の子「できない!できない!ぜったいできない!」

ところが、周りのこどもたちが、みんないっしょうけんめい考え出している。

何人かは、筆算を書いてみて、じっと見ている。5-1は、4だ。これはわかる。つぎは、10-8・・?
もしかして、2 でいいのかな?

「せんせい!きて!」すぐに、何人もの手があがる。「ねえ、ねえ、これでいいの?」

幾人かは、マルをいくつも描いて、81からいくつ数えれば105になるか調べている。わかった!24だ!

最初から、105と81を、お金で描いた子供は、目で見てやり方を思いつく。

みんなが、「わかった!かんたん」と言うので、できないと言い張った子供も、口をへの字に曲げて、筆算を書いてみる。

あれ、ほんとうにできた・・

この、自分で工夫して解く経験。この感じ。これが、今後、この子達の人生に、どれだけ影響することか・・

難しいケース

2年生男子で、進化が遅れている子がいる。

この子の場合、特殊なケースといえる。

両親の耳が不自由で、家では、家族3人が無言のテレビをずっと見ているらしい。

家での会話が皆無。

祖母が学校に来て、「孫は難しい環境で育っている。私にとっては、目に入れても痛くないくらい大事な孫だ。学校は特別に配慮して、この子に気をかけるべきだ。私は、できるだけ、夜、家に行くようにしているが、高校の校長だから、それも、限界がある」

もう、いい年をしているおばあちゃんが、仕事をやめて、面倒みてあげたらいいのに、と思うのだが・・。おばあちゃんは、エスキシェヒルのトップ校を歴任した、などと言い出し、聞いている方をげんなりさせた。

「私は、特別な教育を期待して、高い学費を払っている。2年間通わせたが、私の期待通りの成果は出せていない。あなたたちの頑張りが足りないのです。来年度は他の私学に転校させるかもしれませんよ。」

非難の矛先を向けられた、副教科の先生たちは、生返事をするしかない。

あとで聞くと、保護者が、周りの反対を押し切って、子供を、1年早く小学校にやっていた。幼稚部の先生が、「あのとき、はっきり反対したのよ、あとで子供が苦労するって。そら見てごらん、言うとおりになったじゃないの。校長だかなんだかしらないけどさ」

この子のクラスは、男性の先生がいつも大声を出すクラスで、シールドを貼っている子が何人かいる。この子はおとなしいので、つい見過ごされてしまう。



進化が遅れる子

週に1度のどんぐりで、クラス全員が進化するか、というと、もちろんそんなことはない。

今年度、アンカラママの授業に担任の先生がずっと入ってくださった2年C組。子供たちの進化が顕著。25人中、ほとんどが順調に進化しており、最初は、明らかに言葉とイメージがつながっていなかった8人ほどの子供も、一人、また一人とつながっていき、学年末に近い今、2人の子供が残った。

先生「この子たちはどうしたらいいのかしら。普段の授業でも、理解できないの。どうかして救ってあげたい」

アンカラママ「先生、私の率直な意見ですが、今の状況では無理です。(時間割を指して)みてください。今日も2時間英語の授業があります。(この学校では、小学部で週9時間英語の授業がある)母国語がわかってないのに、英語の授業を理解していると思いますか?」

先生「そういえば、理解できるわけがないわね・・ただ座っているだけだと思うわ・・ 」

アンカラママ「私たち国際結婚している家族でも、子供をバイリンガルにしようとして、両方とも中途半端になってしまい、失敗するケースがあるのです。母国語があやふやな状態で、外国語を入れようとするのは、子供によっては危険です。」

先生「なんてことかしら。みんなが、英語の勉強はいいことって言うから、疑問に思ったこともなかった」

アンカラママ「私がこの2人の親なら、すぐにこの学校を辞めさせて、公立に入れます。まずトルコ語をしっかりさせるまで、外国語から遠ざける必要がありますからね。でも、私たちそのこと保護者に言えないでしょ」

先生「・・・・」

アンカラママ「それでも、家にいる時間の過ごし方によって、ある程度改善できますから、保護者と話し合わなければなりません。それと、英語の宿題は免除してもらうとか、他の先生の理解も必要なんですよ。」

ゴンタクラス

1年A組。3年B組。ともに、男性の担任の先生で、学年のゴンタ生徒が集まっているクラス。

トルコでは、担任の先生の力量によって、子供の学力は違ってくる、との考えが根強く、評判の先生がいると、わざわざ越境したり、それが目当てで私学に入ったりする人も少なくない。私学なら、入学手続きのときに、先生を保護者の側から指名できる学校が多い。担任の先生は原則4年間持ち上がり。人気のある先生のクラスから、定員が埋まっていく。

さて、保護者と話しててわかったのだが、自分の子が活発な男子で、家でも手を焼いている場合、男性の先生のほうが良いだろう、との判断で、絶対数が少ない男性の先生のところに、ゴンタ生徒が集まってくる。

ゴンタ生徒は頭も手も足も良く動くから、すこしの隙で、席を離れてなにか始めたり、友達にいたずらしたり、先生の気を引こうと何かやらかしたり、まあいろいろやってくれる。25人中、そういう生徒が二桁に近いクラスで、週に40分の制限時間で、どんぐりをやる。

生徒たちがボスと見なす担任の先生がいないと、もう授業どころではない。
ところが、どんぐり以外の副教科でも、皆同じ状況なので、それぞれが「先生、私の授業にも入ってもらわないと、困りますよ。おたくの生徒たち、しつけがなってなくて、ちっともおとなしくなりゃしないんだから」先生は先生で、「オレだって人間だ。もうやってられん」

アンカラママの狙いは、別にある。

こういうクラスは、おりこうさんクラスより、ある意味面白いのだ。いろんな発想をやってくれるから。
だから、どんぐりで伸びる子がたくさんいる。
それに、こういうクラスでは、大量宿題を出せないので、宿題が女性の先生のクラスに比べて、多少少なくなる。

先生をなだめすかし、クラスの子達を褒め、先生にクラスに入ってくれるように頼む。「他の教科はともかく、私のところにはお願いします」実際、他の副教科で、思考力養成をしているところなんてありゃしない。

とにかく、文章が聞けてなかった。だから、描けなかった。それを、毎回根気よく、地道に指導するしかない。

ちょび髭の、学年主任も、ときどき支援に入っては、「子供と言うのは、こんなに聞いてないものなのだ。」これは何度言い聞かせても解決するものではない、結局こうするのが早道なのだ、と理解してくれた。

学年末に近づいた今、その成果がどんどん出ている。

最初の数ヶ月は、殴り描きばかりしていた低学年男子たちが、なんと丁寧に描いていることか。

皆が、「答えがわかった」でなく、「答えを見つけた!」と叫ぶ。

これが1年の差

5年選択どんぐり。学年末まであと3週間。人数は減って、1桁になっている。

今日、どんぐりっ子が、友達を一人連れてきた。普段は運動系の選択授業に行っているのだが、怪我で参加できないので、体験に来たのだ。

アンカラママは、1mxが10問印刷されてある紙を渡す。「どれかひとつ選んでやってみてね」

体験の子が選んだのは、くじらのプランクトン問題。

ところが、倍の絵図が描けなくて、固まっている。

どんぐりっ子が様子を見に来て、友達が簡単な問題がわからないのに驚いて、「ほら、こうやって普通に描けば、、」つい図を書き込んで教えてしまう。

体験の子は、どんぐりっ子たちのお絵描き帳を見て、圧倒されている。

3MX50、赤蛇くんと青蛇くん問題。いったいいくつ計算が連ねてあるのか。大人が書いたみたいな、複雑な図。なにこれ・・

横に座っている子のお絵描き帳。4mx66、ウルトラ時計問題。後ろの席、サブちゃんのサブレ問題。

5年選択どんぐりの作品は、ボードに貼られないので、他の生徒たちは何をやっているのか知らないのだった。

どんぐりっ子は、それまで特に意識していなかったのが、1年の間に、友達との間に、埋めがたい差ができているのを理解する。

お絵描き帳の最初のページを見せて、「ほら、私も最初はこんな簡単な問題から始めたのよ。」0mx問題、不器用な絵図。今から見たら、笑ってしまうほど簡単な問題を、ウンウン言って取り組んでいたのだった。でも、友達は、その簡単な問題が、できないのだ。1年前の自分と同じなのだ。

「これなんかあなたも知ってたら役に立つと思うな。」単位換算表を見せたりするが、お友達は言葉もない。
この子は最初は、単位換算が苦手で、cmとmmの換算も間違うような子だった。




授業のやり方に文句を言う1年生

用事があって、1年生の教室に入ると、子供たちがぶつぶつ文句を言いながら塗り絵をしていた。

「もう、やだよ!ぬってばかり、もうあきたよ!ぬりたくない!」
「やりたくない!(ページを最後まで繰って)まだこんなにあるよ・・・」

学年末が近づくと、大量に買わせたワークブックを消化させるために、先生がハイスピードで作業させる。

英語の1年生のワークブックは、非英語圏用に作られているので、単語と塗り絵ばかり。

線の太い、単純な、抽象的な絵柄で、塗っても大して美しくもならず、塗り甲斐がない。

どんぐりの授業では、別に指示しなくても色を塗る。自分の絵だから塗り絵と思っていないのだろう。

夜、子供にその話をすると、

「その年で、そんなことを考えるなんてすごいな。オレも、幼稚園のときとか、塗り絵ばっかりさせられてたけど、そのことを疑問に思ってなかったもんな。幼稚園はそういうところだと思ってたから」

雑感

大学で講座やることになったよ、と実家にメールすると、「大学の非常勤講師?になったんか、すごいね!」と返信が来た。

相手が大学生だから大学の場所を使わせてもらうだけで、講師だとか時間割に入るとかではないのだが、老親が喜んでいるのだから、敢えて訂正するまでもあるまい。

今年度、5歳児から、大学院生、社会人まで500人を超える生徒さんに教えている身としては、相手の年齢による仕事の難しさは、あまり変わらない。

5歳児にどんぐりを教えるのが簡単か、と言えば、そんなことはない。先週も、自分の子が優秀だと思って、しゃかりきになっている親御さんの子供は、どんぐり中に、正解に拘って、ヒスを起こしてお絵描き帳を床にたたきつけた。

生徒さんが新しい考えを受け入れる、試してみる柔軟性を持っているかどうかで、こちらのラクさは変わる。それは、年齢とは関係がない。

授業中に携帯を見ている学生さん。注意するのか、自分の感情を伝えるのか、出て行かせるのか、もしくは自分の授業態度を反省するのか。

子供に対しては、愛情を示し続けることで、たいてい半年後には懐いてくれる。しかし、相手が大人の場合、こちらが指導者として高潔な人格を演技するとか、そういうのは無駄なので、私は数学のセンスもないし、教えるスキルもありませんが、メソッドは伝えますので、せいぜい受け取って頂戴、一緒にいい未来を作りましょうよ、というスタンスだ。

先生に教えるのは、その後どんぐりの授業をやってもらえるのだから、もっと重要か、というと、それもない。子供だって、将来先生になるかもしれないし、親になったときには、どんぐり的子育てをやってくれるかもしれないし、影響力、という観点では、まったくの未知だ。

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アンカラママ

Author:アンカラママ
トルコ エスキシェヒル在住

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