時計の原型イメージがない子

3年の女の子。

ハムハムが本を借りに行く問題をしていた。

時間をさかのぼることができないので、時計を描く様に言うと、

1時10分を、1時50分の針の位置に描いた。

10分だから、数字の10だと思ったのだろう。

聞いてみると、家に時計がなくて、両親は携帯で用を済ませているのだという。

この学校は、教室に時計がない。トルコの学校には、時計がないところが多い。

盗難に遭う、といって置かない学校もあるし、子供が時計ばかり見て、授業に集中できないのを、先生が嫌うという人もいる。

この子は一日のうち、1回も時計を見ない生活を送っているのだ。

いったい、トルコ人の家と日本人の家の違いは、各部屋に時計とゴミ箱がないことだろう。

ゴミ箱は、台所とトイレしかない家が多いのが実感だ。

時計は、これはおそらく、モスクから聞こえてくるアザーンのせいと思う。

一日に5回も、スピーカーからお祈りの声が聞こえてくるから、主婦なら、およその生活のリズムがそれで作れてしまう。

日本でも、かつては鐘は時報の役割を果たしていた。ヨーロッパはまだまだ現役で、鐘の数で、何時、何時半、というところまで分かる。

また、日本人のように、正確な時刻に執着しない国民性もある。

トルコの国営放送のHPに出ている時刻が、1分以上遅れているのを見つけたときは、驚いた。会社員が、それを見て自分の腕時計を合わせていた。

シティバンクとも提携している大手銀行の朝の開店時刻に行くと、その時間に行員がやってきて、鍵を開ける。

顧客は一緒に入って、ロビーで行員が準備するのを待つのである。

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