アンカラママ、計画を練る

「アンカラママ!昨日の問題、お父さんに見せたらできなかったよ!」「うちも、お母さんできなかった~」

どんぐりの授業の翌朝、子供たちが笑顔で迎えてくれる。

前の私学で、生徒の1人が「アンカラママ先生より、よくできました」のハンコを作ってくれたのだが、それを全員に押してやると、もううれしくてたまらない様子。あまりにも日常の授業で先生に叱られてばかりだから、「先生は何をしたって気に入らない。どうせじぶんはできないんだ」と信じ込んでいる子供たちが、いきなりほめられたからだ。

担任の先生の算数の授業。先生は恐い顔で「これができないなんて、もうあなたたち終わってますね」平気で言い放つ。
あんたがそう育てたんでしょうが、とアンカラママは心の中でつぶやいているが、こちらの先生は非常にプライドは高いし、(途上国の公務員というのは、得てして威張っている、選民意識がある)先生の間の指導技術の交流が公立では普通はないから、アンカラママもじっと我慢している。批判のひとつも言おうものなら、即座に教室に出入りする許可を奪われるだろうから。

今、3桁や4桁の割り算筆算をやっている。九九を暗記させて、手順を暗記させて解かせようとする先生。大きな桁数の数を、およその数にして見当をつけるやり方を教えないなんて、信じられない。これくらいは暗算でやりなさい、と暗算ばかり強いる。視算を使えば、暗算はできるのだが、単なる計算を頭でやれ、という暗算だから、迷惑この上ない。

教科書にしてもそうなのだが、数学の教科書は数学が出来る人が作っているから、数学ができない生徒の視点というのは、まるでない。大切な思考の課程を省いてばかりだから、4年までに基礎を育ててもらえなかった子供たちには、理解不能である。

アンカラママは、週1で授業の許可をもらったのだが、どんぐりで子供たちと楽しい時間を過ごすより、まずその週の算数を教えなおしてやるほうが子供たちのためになるのかもしれない、と思う。それにしても、プライドの高い先生ほど、進度が速いから、この先生も、学習月は全体の3分の1も進んでないのに、既に半分の課程を終えている。最後の2ヶ月は演習のみの時間になるのだろう。公立は最後の2ヶ月は学校にこない生徒も多いから、という理由もある(農繁期に入るため)。補習的なことをしても、結局は中途半端に終わりそうだ。(クラスの大半の子供たちは、放課後の2時間の有料補習を受けているのだが)

でも、アンカラママがボードに絵を描いても、絵の意味がわからなければ、子供たちは絵を見ようとしない。やはりまず絵から情報を得る例を見せて、早急に絵を見る力を育ててやらなければならない。そうすれば、後期になってから、問題の解き方はプリントにして配ってやっても、ある程度はなんとかなるかもしれない。

授業を見ていると、子供たちがどうしてこういう解き方をしようとするのかがよく分かる。しかし、毎日先生の授業を間接的に聞いていると、よほど批判的精神を持っていないと、こちらまで洗脳されそうで、恐い。

こちらもボランくんが我慢して机に座ってられるために、気を紛らしてやるので余裕がないが、この制限された状況で自分にできることは何か。目立たず、押し付けがましくなく、効果的に子供たちを助けてやるには・・・

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