幼児・児童英語 

トルコに中流階層が育つにつれ、無理してでも子供を私学に通わせたい、というニーズが生まれ、規制がゆるいのをいいことに、その辺のビルを改造して私学が出来る流れが止まらない。

公立にはない設備のほかに、学校が売りにするのが、英語教育である。

我が子をバイリンガルにしたい、いや、そこまでいかなくても、将来困らないように準備してあげたい、と思う親心につけこみ、学校の担当者は、いかに英語を重視しているか力説する。

アンカラに以前からある、伝統的な私学では、小学生の英語授業数は、週6時間とか、8時間であった。そこで、新興私学が、既存私学に対し、英語授業数で差をつける戦略をとったのである。

私学が急増しだした3年前は、こんな感じだった
「我が校では、週に10時間英語があります。そのうち、ネイティブ教師の授業は○時間もあります。」
現場の英語の先生は怒っていた。
「英語の時間が多すぎる!子供は退屈するし、こっちもやってられない。毎日1時間づつ、週5時間で十分だ」
その若い先生は、まじめなゆえに、アンカラママに真顔で聞いてくる。
「私がやっていることって、少しでも意義のあることなのかしら。私はこんなに一生懸命やってるけど、子供たちはちっとも覚えないし、すぐに忘れてしまう。双方無駄なことをしているとしか思えない。私はとても苦痛だ」

翌年。
「我が校では、週に12時間英語があります。そのうち、ネイティブ教師の授業は○時間もあります。」
怒っていた先生は、退職してしまった。

翌年にいたっては、
「我が校では、週に16時間英語があります。そのうち、ネイティブ教師の授業は○時間もあります。」
急増した需要に対応できず、ネイティブの先生がいたりいなかったり。
ネイティブの先生は、高等教育で教えたいらしく、子供相手に疲れる小学校勤務は、人気がないそうだ。
この無意味な英語競争に異議を唱える担任の先生もいる。
「語学教育に力を入れすぎると、理数がその分落ちるのは、経験的に分かっていることよ」

たぶん、ヨーロッパやインド、パキスタン、中国などの国なら、これだけ英語をやれば、普通にバイリンガルになれるのだと思う。
しかし、ウラル・アルタイ語系のトルコ語は、語順が日本語に似ているから、語順を軽視して外国語をやろうとすると、非常に効率が悪いのだ。

教科書はオックスフォード出版など外国のものを使っているが、これが薄いくせに教科書とワークでセット5000円とかのボッタクリ価格である。そして、内容は、語順が違う国の生徒が学ぶための配慮というものが、そもそもない。

アンカラママは昨年まで某私学にいたわけだが・・・

保護者会で、各教科の先生方が、スピーチをする。
(アンカラママは、異様に長い英語のあおりを食らって、いつも最後の5分しか残されていないのだった)

そこで、新入生の保護者から、毎年のように、同じ質問が出る。
「うちの子は、中学卒業の時点で、どのくらい英語ができるようになっているのでしょう」
教科責任者が、眉ひとつ動かさずに答える。
「生徒たちは、年間○○時間も英語環境にいることになりますので、かなりのレベルになっています。同世代のネイティブの子達と、普通に意思疎通ができます」
この答えで、質問した保護者は満足する。

使っている教科書を見れば、簡単にわかることなのだ。
トルコの私学で、一般的に中学最終学年に使われる教科書は、欧米共通レベルのA2と言うレベルである。
学校が、習熟度別クラスを持っていても、せいぜいその上のB1である。

アンカラママは、アンカラで知名度のある語学学校に電話して聞いてみた。
「英語コースのプログラムについてお聞きしたいんですが。A2に到達するには、どのくらいの期間が必要ですか」
電話に出た女性はにこやかに答えた。
「通常は半年です。午前コース、午後コース、週末コースがあります。1ヶ月400リラ(約16000円)ですが、学割もあります。」

この話を、(学費が高いから私学に通わせられない。うちの子は英語が不利だ)と嘆く、小学生や、就学前の子供をもつ
お母さんにすると、みんな仰天する。そのあと、笑い出す。

アンカラママ「幼稚園から中学までの英語の授業の時間数と、語学学校の時間数を比較するとね、16対1だわね。だから、中学最終学年に入る前、語学学校の夏休みコースに3ヶ月行ったら、全部解決する話。(公立でも少しは英語の授業はあるので、初歩の初歩ではない)それまでお金ためてて」

*****************

小1の教室。アンカラママはどんぐり作品の壁貼りにお邪魔していたのだが・・

齢70を超えたと思われる、アメリカ人の爺さんが、英語を話しているが、

「ジム~、だけど、あたしたち、あなたが何言ってるのか、わからないんだけど」
小1女子は、自分たちがわからないのに、授業を進めようとする教師に驚いて、もしかして、この人は、この事実を知らないのかもしれない、と心配しているのだ。

ジム爺さんは、長年トルコに住んでいるので、もちろんトルコ語は知っているのだが、学校側からトルコ語をしゃべるのを禁止されているため、授業で使えないのである。

クラスに1人いる、帰国子女の子が仕方なく通訳する。
「ジムは、テキストを見ろって言ってるよ」

ジムは、やれやれ、といった感じで、授業を続ける。
そこで、さきほどの女子が、また、
「だから、ジム、あたしたち、あなたの言うことがわからないんだってば」

今思い出しても、なんとも言えない気持ちになる。この子達は、幼稚部時代から、どんぐりの授業を受けてきたから、「わかるとは何か」をはっきり意識できる故に、わからないのに、強引に、適当に進められる授業が不快なのだ。

ジム爺さんは、長年トルコ空軍専属の英語教師をしていた人で、ジェスチャーしたり、お絵描きをして教える、という発想は出来ないらしかった。

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Author:アンカラママ
トルコ エスキシェヒル在住

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