トルコの教室風景 1年生

1年生教室。楽しむのが主眼なので、授業も楽しい。

読み聞かせ方式で、問題を一文ずつ読んだ後、全員の机に問題の小片を配っていく。

ところが、先生の机で添削をしていると、毎回「ボク/わたしは もんだいをもらっていない」という子供が現れる。

「その辺落ちてるんとちがうの。さがしたんかい」と最初のうちは言ってたのだが、授業後に点検すると、問題をなくした子でなく、別の子供の机に残っていることが多いのがわかった。

つまり、1人のコが問題をなくした、問題がないと思い込む。→隣の子の問題を失敬する→隣の子は、あれ、問題がないぞ、と思い、そのまた隣の子の問題を失敬する というループになっている。

日本では考えにくい事態だが、これは、トルコの小学校でフツーに見られる光景。

こちらの親は、日本の親ほど几帳面でないので、1年生の子供の中には、文房具がカラッポの筆箱を持ってくるとか、筆箱を忘れるとか、よくある。便利な言葉が「共有」という概念で、横の子の文房具を勝手に使い、その子が拒否すると、忘れた子は堂々と「せんせい、よこのこが、きょうゆう しない」と言いつけにくる。ここが、先生によって対応が分かれるところで、先生によっては、横の子に貸してやれ、と言う人もいる。アンカラママはこれを許すと、いつまでたってもこの子が自分で筆箱を管理するようにならないし、と思う。

先生の机には、たいてい、落し物の筆記具の箱があって、名前の書いていない色鉛筆などどっさり入っているから、文房具を忘れた子は、それを借りることになっている。ところで、子供の中には、最初からみんなと共有するのを前提とし、度を越えた派手な文房具セットを持参する子もいる。

この辺は、やはり途上国の事情もある。公立なら、本当にエンピツも買えない貧しい生徒がいるわけで、クラスで文房具を共有し、乗り切っていく、ということがある。

トルコでは、困っている人を助ける人間になる、というのは大きな教育目標なのだ。しかし、貸したものが帰ってこないとか、バキバキになっていることもままあるので、それなりの覚悟がいる。
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