なんでこんな簡単な問題やるの?

どんぐり1年目で、学年末まであと1ヶ月の2年生。

今週は「1mx02 赤い花白い花」問題だった。時折1mxを混ぜながら、今まで0mx中心でじっくりやってきた。

先日、カウンセラーの先生が「わからない」と言った問題である。

子供たちは、「え、もう終わり?」「今までで一番簡単」「何でこんな簡単な問題するの?」

担任の先生が、それを聞いて、「カウンセラーの先生に言いに行こう」とニヤニヤ。

3年生は、てんとう虫小問題。ADHDと言われている男の子が、20分間集中して正解を持ってきた。この態度を見れば、「この子のどこが学習障害?」と誰もが思うだろう。


どんぐり先生ジャンジャン養成計画

2か月に渡る10時間ワーク終了で、2人の数学の先生がどんぐり仲間にヾ(・∀・)ノ

心配してた、ぜんぜん絵を描けなかった先生も、最後の授業はばっちり描いてた。

先週末は、アンカラから高速鉄道で通ってくれた、10時間弾丸ワークショップで、数学の先生を1人どんぐり仲間に。

さらに、うちの学校に、アナドル大学教育学部から、教育実習に来ている学生さんが何人かいるが、彼らはどんぐり授業を見にきたり、ボードの作品を見たりしてるので、来週の大学どんぐりセミナーに「先生、私ら、参加しますよ」と嬉しい言葉をかけてくれる。

学生さん「3年生の問題を、大学の友達に見せたら、そんな問題をやるなんて信じられないって言ってましたよ。」

この先生の卵さんたちは、「長年の経験」という、足かせもないので、有望株ぞろい。私学志望の子は、就職活動で有利になるかも、との計算もある。

「セミナーに出たら、参加証はもらえますか」
「2時間じゃ、メソッドの紹介程度の話しかできないからねえ。資格がほしいなら、10時間ワークに参加して頂戴。実際にどんぐり問題を解いてもらわんと」
「それって、いつあるんですか」
「さあね、希望者が4人くらい集まれば、大学と交渉してみるよ」
「4人?そんならすぐに集まりますよ。僕らだけでも2人だし」

それもこれも、来週のセミナーの出来次第だから、頑張らねば・・

むろん、アンカラママの狙いは、教育学部にどんぐりの授業を取り入れてもらうこと。アンカラママがしなくても、誰かがやってくれればいいのだ。

セミナー・ワークには必ず「宿題体験」を入れる。左手に、手袋はめて、同じ字を書き続けてもらう。たった5分でも、「手が痛い!」みんなが目の色を変えて怒り出す。子供は40分間、毎日やらされる、と言うと、頭を殴られたようなショックを受ける。

大学の先生たちが、なんか書いた

http://bildiri.anadolu.edu.tr/papers/bildirimakale/13385_b131d94.pdf

まだ3時間しか話してないのに、アナドル大学教育学部の先生たちが、どんぐりのリサーチ文書いてアップしてた。

Drawing the Picture of the Problem: A Narrative Study
Assoc. Prof. Dr. Burçin TÜRKCAN
Res. Asst. Bilal ÖNCÜL
Res. Asst. Mahmut BOZKURT

In this research, it was aimed to reveal the experiences of using a visual arts to improve the problem solving ability of a teacher in the context of professional development. For this purpose, a new method proposing the visualisation and concretization of mathematical problems and thus developing the thinking skills has been examined. This method is called Japanese mathematics by the participating teacher. The study, seems to be important in terms of being an example of developing thinking skills through arts education, starting from the experience of the teacher, the first practitioner in Turkey. Art education is not only a
discipline of arts courses but also a method that can be used in the content of all courses. In this context, art education can be seen as an important application area for interdisciplinaryeducation. The method of study involved a mathematics course taught through arts education with an interdisciplinary approach. Narrative research was used in the study. Semi-structured interviews have been used as data collection tools. In this sense, data were collected through three separate interviews conducted with participant teachers at different times. Narrative analysis was used in the analysis of the obtained data. In this direction, such findings as the participant teacher has met with this method to supoort the school success of her child, this Japan origin method has developed all other thinking skills, in particular problem solving, embodied the concepts abstracted for children, facilitated the imagination and originally called “donguri” method, is converted “Japanese mathematics” because of the mathematical anxiety in our country have been reached. It has also been observed that this method can be considered as an alternative for the students who are raised in Turkey due to test anxiety in the framework of reflection of the Japanese pioneer. It has also been observed that the most efficient period for the implementation of this method is the period of concrete transactions, that problems must be differentiated by class level, and that the method is not successoriented (note-based). In this context, it is suggested that practitioners and researchers use different teaching methods embodied by art, such as the method investigated in this research,
in various disciplines.

様々な先生方に教える

今月、「くらすこと」誌の糸山先生のインタビュー記事をトルコ語に翻訳した。来月12日に、アナドル大学の教育学部でセミナーをやるので、下地に使おうと思っている。まずは、いろんな人に配って、感想を聞き、予想される問答を準備しておく。

小学部のカウンセラーの先生「この間、どんぐりの説明を読んだんだけど・・反復する宿題はよくないのね。」

カウンセラーの先生といえば、生徒だけでなく、先生の相談役にもなる大事なポジションだ。その人のやる気と実力により、仕事内容は大きく違ってくる。

「まだ自分の中で、納得できない部分もあるんだけど、新しい視点だわ。今まで聞いたことのない視点よ。」

アンカラママ「習熟って言葉があるじゃないですか。私たち、子供たちに反復させて、習熟させようとしますね。子供たちが、すらすら問題を解いたら、習熟した、と考えてきました。ところが、これは反射できるようになった、ということなんです。何も考えなくても、解ける状態になっているんです。数ヶ月して、忘れてしまったら、自力で思い出すことができないんです。小学生のうちは、これはよくないんですよ。その場でのテストの点は上がりますが、最終的に、大学に入ってからの実りにつながらないんです。」

カウンセラーの先生「本当に、今までの自分の常識がひっくり返るわ。じゃあ、今学校が出している、問題集はダメってことね。どうすればいいのかしら・・」

アンカラママ「少量をゆっくりやるんです。毎回考えながら。やり方を忘れてもいいんです。毎回頭を使えるんですから。こうやって、応用が利く脳ができていくんです。私も、納得するのに3年かかりました。」

カウンセラーの先生「どんぐり問題を、1問やってみようかしら。1年生のにしてちょうだいね」

ここで、2年生の担任の先生も参加。

アンカラママ「じゃ、問題読みますよ。あ、文を描かないでください、そのとおりの絵を描いてください。赤い花と白い花があります。」
1本ずつ描く先生。

「赤い花は白い花より3本多いです」
赤を3本にし、ちょっと考えて、4本にするカウンセラーの先生。
「問題文がないって、不安なものね。忘れてしまいそうになって」

アンカラママ「これ、こどもたちが毎回やっていることですよ。最初はぜんぜんできませんでした。何度も何度も聞き返して。」

アンカラママ「赤い花は5本あります」

赤い花を5本にし、白い花をそのままにするカウンセラーの先生。2年の担任の先生は、白を描き足す。

アンカラママ「花は全部で何本ですか」

カウンセラーの先生「6本?」

アンカラママ「えっと、違います」

カウンセラーの先生「え・・どうして」

アンカラママ「今までいろんな大人の人にもやってもらいましたが、同じように間違う人がたくさんいますよ。最初から問題を通して読んでみますね」

カウンセラーの先生「わからないわ・・」

2年の担任の先生が、文字式を使って教えようとするのを制する。

アンカラママ「絵で解くことになれていないからですよ。ゆっくり説明しますね。3多いっていえば、反射的にプラス3をしていたのですが、先生はもとの赤い花を基準にしているのです。だから、白い花を、なぜ増やさなければならないかが見えていません。この問題では、白い花が基準になっているのです。赤い花は、白い花よりも、3本多くなければならないのです。表にしてみたら、わかりやすいですよ」

アンカラママ「これが、式ばかり使って問題を解くことの欠点です。基準がどこにあるのかが、見えなくなってしまうのです。これでは、複雑な問題は、すぐに解けなくなってしまいます。」

この週末は、アンカラから、どんぐりを博士号論文に使いたい、と言う先生がアンカラママの家に来る。
この人も、カウンセラーの先生。
充実した日々が続く。

お絵描き

IX法を意識して、ボールペンでライラックを描いてみた。

IMG_5500.jpg

1時間半くらい。

「トルコ速読協会」

トルコでは、教育後進国のコンプレックスが強く、外国のメソッドをありがたがる傾向がある。

国定教科書の最後のページを見ると、引用した外国の教科書のリストが延々2ページも載っている。

子供があきれ果てて「見てみい、トルコの教科書はコピペばっかりや。いったい、どのページを自分らで書いたんや」

教育省の県支部が、小中学校教員向け夏休み研修のお知らせを学校に送ってきていたが、内容といえば、

「モンテソッリ 速読 そろあん」 となっている。 海外発のメソッドばかり。講師を招いて、研修をやるのだろう。

ところで、速読だが、頭がよくなるメソッドとして、結構知られている。

小1から、一分で何単語、と具体的に目標を決めて、音読させる先生も多い。

アンカラママは、トルコ速読協会?の主張を読んでみる。

hizliokuma.orgより

遅い 160単語以下/分 速い 350~800単語/分  超高速 800から1300単語/分

80から160単語  遅い読者。集中力に問題があると言える。このレベルの読者は、一般的に理解力が低い。
160から220単語 トルコ平均。このレベルの読者は、集中力、理解力ともに、一般的に低い。
220から320単語 トルコ平均よりは上だが、西側先進諸国の平均であるにすぎない。
320から500単語 平均よりは上だが、速読に要する集中力の端緒にすぎない。
500から800単語 トルコ・西側先進諸国の平均の上のレベル。この速度で読む大半の読者は、インターアクティブで、正しい速度で読む傾向にあり、速読のコースを履修したことが伺える。読む速度とともに、理解力も上のレベルである。
800から1300単語 1300単語以上の速度は、物理的な側面から、理論上不可能である。このレベルの読者は、800から1300単語の範囲で読むが、理解を伴わない場合がある。しかし、特殊な教育を受ければ、800以上でも、理解を伴いながら読むことが可能なことが知られている。

*****メガ速読セット****
世界速読の権威、TONY BUZANと 記憶術の世界チャンピョン MELIK DUYAR(トルコ人)が監修したこのセットは、欧米や日本で使われています。  

引用終わり

おや、マインドマップで有名な方ではありませんか・・

ちょっと調べてみた。

WPMについて。(1分あたりの単語数)
WIKI英語版から。2012年の調査では、ラテン・キリル文字使用の17言語の調査の結果、一番遅いのがフィンランドの160前後で、速いのが英語の180前後となっている。これは、文法構造や書記法の違いからくる。ひとつの単語が長いフィンランド語では、WPM
が下がり、ひとつの単語が短い英語では、WPMは上がる。

引用元を見てみる。各国の詳細が載っている。
http://iovs.arvojournals.org/article.aspx?articleid=2166061
表1で、同一内容のテキスト各国版の、単語数一覧。
同じ内容でも、英語に比べ、トルコ語やフィンランド語は、単語数が少ない。
表2では、WPMが載っているが、トルコ語は、フィンランド語と同レベル。

これだけでも、上のサイトの説明が、インチキであることがわかる。
何が「集中力や理解力が低い」だよ。

確信犯か、単なるアホが作ったサイトか・・・

ところで、うちの学校でも、去年5年から8年までの中学生向けに、国語科の先生が速読セミナーやったらしい。

どんぐりワークショップでは、こういうことも先生たちと話し合っている。
みんな、今までなんとなく違和感を持ってたのが、数字のデータを見せると、納得。

思考の説明

先生たちとのワークショップ風景をご紹介。

アンカラママが、左に6個の○、右に4つの○を描く。
「同じ数にするには、左の○をいくつ右に移動すればいいですか」
先生が、即座にひとつと言う。

アンカラママ「今の思考の動きを見てみましょう。非常に早いので、通常は意識していません。まず、左の○と右の○を見て、「比較」をして、どちらが多いか確認しました。それから、差の部分を発見し、差を分配しました。ここで、「移動」の思考をしました。頭が働かない子は、この動きができていないのです。

小1数学の指導項目で、もちろん「比較」という概念は出てきます。1対1対応もやります。ところが、次の「移動」が意識的に出来る子が、今の時代、育ちにくいのです。
例をあげます。私は先月、チェススクールに行って、どんぐりの体験授業をしてきました。チェス歴1年とか、2年とかの、先生が非常に賢い、と言う小1生が3人いました。そこで、上記の問題を聞いてみました。もちろん、絵に描いてあります。ところが、正解者は1人もいませんでした。全員が答えは2つだ、と言いました。

先生「びっくりする話だわね。だって、「移動」ができなくて、どうやってチェスをやっているの」

アンカラママ「応用ができていないんですよ。コマの動きを、全部先生におしえられてるでしょう。自分で生み出した思考ではないのです。うちの学校だって、幼稚部から低学年までチェスの授業があるじゃないですか。でも、数学で、それが生かせてるとは言いがたい。自分の意志でなく、周りから知識やパターンを提示されても、強力な思考モデルになってないんですね。

上の問題は、本当に単純な例です。こんなに簡単な問題でさえ、子供たちは頭を使おうとしない。

ですから、今の時代、何が求められているかというと、「比較」「移動」「変形」「複写」を意識的にする体験、教材なのです。問題を、すぐに計算で解いてしまっては、一見賢くなってように見えますが、大事な部分が育てられないことになりかねないのです。

ところで、私たちは、今の問題のために、最初に何をすればいいか、ほとんど意識しなかったと思います。反射的に答えが見つかりました。無意識に近い領域で、思考をしました。見るだけで、小脳が、超高速で答えを教えてくれたのです。私たちの小脳に、思考モデルがあるんですね。どうですか、実感できましたか。」

アナドル大学教育学部で、セミナー開催

エスキシェヒールのアナドル大学から、教育学部の学生さん向けに、2時間のセミナーを頼まれた。

最大200人入る会場らしいが、参加者数がまったく読めない(大学の先生も言ってた)ので、前もってレジュメを作るのが難しい。

となると、やっぱりpdfがいるなあ。少人数なら作品を直接見せたほうが早い。

ま、大学は家から徒歩2分だし、会場費はかからないから、赤字にはならないけどね。

中学の数学の先生とのワークショップも進行中。





倍の理解

3年生。2桁以上の割り算が終わり、担任の先生は倍数算をやっている。

トルコはスパイラル方式なので、倍数算を低学年から毎年扱う。しかし、3年生で理解する子は少なく、パターンを覚えても、応用問題を自在に解けるようにはならない。

アンカラママのサイトを見て、今年も相談メールが来たが、ほとんどが3年生の保護者だ。子供が問題を解けないのを見て、悩み始める。

2016-2017年度の共通教科書に出ているのは次の問題。

ウサギ----ビーバー-----リス の線分図があり、ウサギからリスまでの距離は80m。
ビーバーからリスまで距離は、のウサギからビーバーまでの距離の3倍とすれば、ウサギからビーバーまでの距離はいくらか。

さて、アンカラママは今の時期だけ、例外的にどんぐり問題でなく、宿題に出てくる一般的な問題の絵図の例を見せる。

最初に、

「元の数を3倍して2を引くと28になる。元の数はいくらか」と言う問題をみんなに解いてもらう。これで、各担任の先生が、どういう解き方を教えているかわかる。

皆、いっせいに
(□×3)-2=28 と式をたて、×の下に÷を記入、-の下に+を記入している。28+2をし、30÷3で元の□にたどりつく。

典型的なパターン解法だ。さらに、その日の宿題で、これの類題(モノの名前と数字だけが変えてある問題)を10問ほどやる。先生はこれで「定着・習熟」を狙う。

ちなみに、□+□+□-2=28 と書かせる先生もいる。この人は「私は図を使って教えている」という。

翌週。

「ポケットにあるお金があと3倍あれば、合計60リラになる。ポケットにあるお金はいくらか」の問題をやってもらう。
問題を読むだけで、皆が「わかった!簡単!20リラ」と得意顔で言う。

その場にいた担任の先生の顔が、とたんに険しくなる。
なぜなら、2日前に、この手の問題を扱ったばかりで、その日の宿題にも類題が出ていたからだ。

アンカラママが、「まずみんなにやってもらいましょう」と言う。25人中、正解しているのは2人のみ。
先生は腹立たしげに「これで、みんなが授業を聞いていないのがわかったわ。正解の2人は、あとで表彰しなくてはね」

やれやれ、悪いのは子供か。

なぜ、中学の数学の先生が「子供たちが倍を理解せずに中学に上がってくる」と言っているのか。

なぜ、このやり方では、子供たちが倍を理解できないのか。

先生から見て、悪いのは子供と保護者、保護者から見て悪いのは子供(と先生)。いつまでたっても改善されない。

この時期、完全に理解しないまま、パターンを強要されている3年生は、同じどんぐり問題をやっても、2年生よりも反応が悪くなることがある。「考えられない頭」になっていて、週1のどんぐりでは勝てない。

さて、アンカラママはそのあとポケットを4つ描き、合計60リラ、という簡単な絵図を描いてみせる。
どんぐりでなくても、普段の問題も、こうやって解けるのだ、というお手本。

トルコの教室風景 1年生

1年生教室。楽しむのが主眼なので、授業も楽しい。

読み聞かせ方式で、問題を一文ずつ読んだ後、全員の机に問題の小片を配っていく。

ところが、先生の机で添削をしていると、毎回「ボク/わたしは もんだいをもらっていない」という子供が現れる。

「その辺落ちてるんとちがうの。さがしたんかい」と最初のうちは言ってたのだが、授業後に点検すると、問題をなくした子でなく、別の子供の机に残っていることが多いのがわかった。

つまり、1人のコが問題をなくした、問題がないと思い込む。→隣の子の問題を失敬する→隣の子は、あれ、問題がないぞ、と思い、そのまた隣の子の問題を失敬する というループになっている。

日本では考えにくい事態だが、これは、トルコの小学校でフツーに見られる光景。

こちらの親は、日本の親ほど几帳面でないので、1年生の子供の中には、文房具がカラッポの筆箱を持ってくるとか、筆箱を忘れるとか、よくある。便利な言葉が「共有」という概念で、横の子の文房具を勝手に使い、その子が拒否すると、忘れた子は堂々と「せんせい、よこのこが、きょうゆう しない」と言いつけにくる。ここが、先生によって対応が分かれるところで、先生によっては、横の子に貸してやれ、と言う人もいる。アンカラママはこれを許すと、いつまでたってもこの子が自分で筆箱を管理するようにならないし、と思う。

先生の机には、たいてい、落し物の筆記具の箱があって、名前の書いていない色鉛筆などどっさり入っているから、文房具を忘れた子は、それを借りることになっている。ところで、子供の中には、最初からみんなと共有するのを前提とし、度を越えた派手な文房具セットを持参する子もいる。

この辺は、やはり途上国の事情もある。公立なら、本当にエンピツも買えない貧しい生徒がいるわけで、クラスで文房具を共有し、乗り切っていく、ということがある。

トルコでは、困っている人を助ける人間になる、というのは大きな教育目標なのだ。しかし、貸したものが帰ってこないとか、バキバキになっていることもままあるので、それなりの覚悟がいる。
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プロフィール

アンカラママ

Author:アンカラママ
トルコ エスキシェヒル在住

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